室蘭栄高等学校 について知っていることをぜひ教えてください


上空から撮影した航空写真:(C)室蘭市


北海道立室蘭栄高等学校

室蘭市東町3丁目29-5

海抜:3.8m(国土地理院地図)


公式HPはこちら「室蘭栄高等学校」

 

国土地理院の地図によると、海抜は3.8mしかないが、目の前にある山は海抜55mある。


愛しきボロ校舎

 

私が通っていた1982〜1985年の学舎は 現在の立派な鉄筋コンクリート建てではなく 冬になると廊下に雪だまりができ 吐く息が白くなるような...

すき間だらけの ボロボロの古い校舎。

正面玄関から入って 左手が職員室 真直ぐ進むと格技場 左手には腹ペコ高校生の味方〔食堂〕

メニューは日替わり。うどん・そばの日が二日間 五目御飯 天丼 カレーライス。。。全品200円!! 素晴らしいコスパ! 

どれもが美味しく おばちゃんは温かかった。特にカレーライスは ターメリックの色そのものの 真っ黄色でジャガイモいっぱいの昭和カレー。。。

思い出して 自分の脳内画像でよだれが出そうになるくらい美味しかった!!

そして 夜間には 働きながら学校に通う学生たちのお腹を満たしてくれる。。。大切な場所でした。

 

一大イベントと言えば やはり学校祭

何せ 前夜祭 仮装行列の日 出し物の日 後夜祭 4日間あったのです。

二か月くらい前から準備が始まります。仮装行列のテーマを決め 衣装・曲・踊り・フォーメーション・・・男子は山車を作成 女子は衣装の作成。

その他 クラスでの出し物や 演劇などの準備もある。本格的準備は一学期の期末テストが終わってからの10日間くらいが勝負!毎日 暗くなるまで 仲間と作業に追われました。

 

仮装行列当日 校庭を出発し 桐屋(現在 イオン室蘭店)までの道のりを練り歩く。桐屋さんの駐車場で 踊りを披露。

大龍寺 横を通り 校庭に戻って 審査のかかった最終演技! 栄校生・家族のみならず 近隣の方々も 楽しみにしてくれていて 毎年たくさんの方々が見に来てくれていました。

最終日の後夜祭・・・栄富士に その年の学校祭のテーマの火文字が。

ファイヤーストームが始まり 暗くなるまで仲間と踊り続け・・・達成感と祭りが終わる寂しさを分かち合いました。

 

写真を見て改めて思うこと...高校の学校祭の為に 駐車場を閉鎖して貸して頂いた桐屋さん。事故が起きないように警備・誘導して頂いた警察官の皆様。それを頭を下げてお願いしてくださった先生方。実行委員会。

たくさんの人達の愛情と情熱のもとに 成り立っていたんだな・・・と。

 

30数年を経ても 色あせない思い出を ありがとうございました。

 

      (2015.3.17 中村麻貴)

 

 学校祭で思い出すのはワタシたちの頃は輪西7条までの折り返しコース。1年の時はテーマを思い出せないが、半裸の状態。

街中を歩いて恥ずかしかった。。

2年目はなぜか応援団員になっていて(トイレでの勧誘に負けたか・・)汚ったない袴をはいていた。

訓練では裏山に上って駅に向かって声を張り上げ、駅前通りにいる先輩に届かないと激を飛ばされたっけ。

新入生の歌唱指導では中学の後輩の女の子が泣き出して、心がチョット痛んだ思い出が。。

卒業して働いてからは先生に頼まれて、トラックで輪西貨車職場からファイヤーストーム用の枕木を運んだこともあった。

学祭後の浜は禁止だったが、暗闇の波打ち際はちょっとロマンチックではあった。。。

     (2015.3.17 倉地清美)

 

学校祭、体育大会、ファイヤーストーム、日々の時間割、

教壇のスピンボール(知らない人も多い)

カギのしまらない廊下のロッカー、

廊下越しに眺めた、下級生の女子、

実らない告白の体育館裏

ステージで声を鳴らしたバンド

クラス対抗で愛と誠を上演したクラスメート

そり上がった渡り廊下

明日にかける橋を歌い切った狭いピアノ室

授業を抜け出して佇んだイタンキの砂

卒業後に部になった、硬式テニス同好会(軟式テニス部に硬式で負けた)

 

本当にダイヤモンドだった場面の数々

 

    (村田 博 2015.3.17)

 

至れり尽くせりだと思われがちな新校舎で3年間過ごしました。
この校舎の難点は冬場。スチームによる集中暖房システムにより、教室は冬でも常夏の状態でした。

はい。常夏です。せめて春秋くらいか、室蘭の夏くらいにしておいてくれたらいいのに。教室は毎日南国の如き30度でした。

そんな中、詰め襟の学ランで過ごさなければならない日々。しかも廊下は10度台の世界。外は氷点下。
これも文武両道、質実剛健かと耐え忍ぶ3年間でした。

4階角の音楽室。そこを本拠に定めるは我らが吹奏楽団でした。
部屋の2面が窓になっており、西側には新日鐵の大工場群が、北側には遠く雄大な室蘭岳が望める絶好のロケーション。
これも音楽室の主であった音楽教諭-I子先生の権力によるものか。

そんな雄大な景色の中で鍛えた我々の音を、コンクールの審査員は
「フォルティシモを超えたフォルティシモ」
「ここまでのボリュームが必要な意味がわからない」
などと酷評。結局全道大会に行くことは一度もありませんでした。これもまたいい思い出。

[2015/03/29 山田 正樹]

 

雲は晴れたり室蘭の

山から山へと連なる緑よ・・・・

 

 

 

 

     (2015.3.30 倉地清美)


栄富士から

学校祭前日

2016年07月01日撮影  Takashi


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