馬産地について知っていることをぜひ教えてください!

 

馬は作業やモノはこびの主役を担う時代となり、農家は「馬つくり」を生業にしました。特に戦争に馬が必要で、国をあげて馬づくりが推奨されたことも、大きく作用しています。

明治44年に国の大楽毛種馬所ができ、品種改良を進めました。召応するように同39年に釧路産牛馬組合が発足し、同組合の手で大楽毛畜産場が開設(同44年)され、第1次大戦の好景気を背景に大楽毛は日本3大馬市に成長しました。

大正8年釧路特産輓馬の改良方針をたて、釧路畜産組合のもと、昭和7年「日本釧路種」、同13年「奏上釧路種」の新種馬をあいつぎ発表、釧路の「馬産王国」を不動のものとしました。

なお、家畜市場は土地区画整理事業が行われた昭和41年まで大楽毛駅前通りにありました。(市制施行70周年記念「目で見る釧路の歴史」より)

 

大楽毛駅前にある日本釧路種の銅像

 

出典:大楽毛地域づくり協議会発行「Otanoshike Map」