写真提供:針田志穂さん

リラ冷えや 睡眠剤は まだ効きて

榛谷美枝子


1960年、寝つきが悪く眠剤を飲んで目が覚めた朝。寒さを覚えた美枝子さんは、庭を前にまだ寝起きのぼんやりした状態。その時、庭木のライラックが目に入る。ふと「リラ冷えや」と句が浮かんだのだという。

札幌の木、ライラックはフランス語でリラと呼ばれる。三月末の雪解け、四月ひと月の寒い春の時期を過ぎて、五月に入ると真夏のような日差しに冷たい風の季節。
爽やかでいいのだけど、雪や霰の降る日、霜が降りる日が中旬ごろまである。突然高く輝き土を焼くように温める太陽。六月に向けて一番高いところへ、一番長い昼間へと向かう。

一度、真夏のように強い日差しを浴びたので、冷える時は体にこたえる。
初出を渡辺淳一の「リラ冷えの街」に求める人がある。でも、この本は1970年。また、淳一自身が、美枝子さんに対して「僕はこの句はとても好きだ」といったと言う。

ライラックと呼ばず、冷えとリラを合わせたシンプルな言葉は、俳句に当てはめるために生まれたのかもしれない。まさに、この五月中旬の寒さをしっかりとらえた美しい言葉。生み出した美枝子さんを知らなくても、札幌の市民はリラ冷えという言葉を使い続けている。