熱海を通って帰らないと
朝海館からの散策
裏砂漠
パームライン
2013/11/3(日)、早朝から昼すぎまでの半日だけの滞在でしたが、帰る直前、昨年お世話になった高校生記者たちと会うことができました。3月の椿祭りのときに会って以来半年ぶりです。 5人のうち2人の家が大きな被害にあったようです。この日はそのうち1人の子の家にみんなが集まって片付けを手伝っているとのこと。住所を聞いてお邪魔しました。 たった半日ですが慣れない力仕事をしてヘトヘトになって訪れた僕を、彼女たちは底抜けに明るい笑顔で迎えてくれました。 「のりさ~ん!ごぶさた~!元気~!?」と。 <<高校生記者のみんなと>> とても大変な目にあって、きっと落ち込んでるだろうなあ。。と励ましにいったつもりが、逆に元気と勇気をもらってしまいました。。 みんなが大変な苦難にあっているのは間違いありません。でも彼女たちはそれを乗り越えるべく精一杯の努力をしています。しかも、明るく元気に力強く、みんなで手をとりあって。苦難に対する不平不満など一言も口にせず、島の内外からの励ましと支援に心から感謝しながら。 大島の未来は、彼女たち若者達が担うんだ、そして彼女たちなら絶対大丈夫だ、と確信しました。 またぜひ大島にいきたいと思います。復旧復興の手伝いに行くというよりも、島のみんなから僕が元気と勇気をもらうために。高校生記者のみんな、これからもぜひよろしくお願いします!
高校生記者健在
高校生インタビュー1 今日は白井岩仁さんにインタビューをした〜(*^^*) れなっさんが司会をしたよ! 白井さんはホテル白岩の社長さんでもあって観光協会の会長さんでもありますよ♪ ホントに忙しい毎日を送ってるんだとおもった(/。\) 1955年生まれの白井さん。 「小さい頃は絵を描いたり本を読んだり音楽を聴くのが好きだった」んだって♪ 私は…音楽聞くの好きだな!(爆) 観光協会の会長ななろうとしたのは、前の会長さんは25歳年上らしかったんだけど、上の人の年齢や性格で結構形が変わるんだそう(´-ω-`) そこで!私思ったんだけど、もし今の時点で私が会長になったら!?って(笑) なったらきっとイベントばかりやってそうだなって思った!イベント系大好きだから〓〓 白井さんは絵を描くのが好きだから向こう(本土)に出たのにまた島に戻ってきたんだって! そしたら向こうではすごく忙しいから時間がたつのがホントに早かったそう〓 でも島に戻って来たら結構時間がたつのが遅く感じられたんだって… 島と向こうのギャップは激しいそうだ(ノ゜ο゜)ノ 「いまは正直大島の未来は見えにくい。 だから子供たちにも良くするのにてつだってほしい! 大島を改善するには前の人だちが出した考えを否定することがとても大切(ノ_・,) ...
白井岩仁
2013/11/3(日)朝、大島観光協会に立ち寄りました。8時前だったので事務所はまだ営業開始前でしたが(営業時間は8:30~17:00)、窓には伊豆大島台風26号被災状況マップの大判地図が掲示されていました。 <<観光協会に掲示された「伊豆大島台風26号被災状況マップ」>> この地図は昨年開催された伊豆大島マッピングパーティに参加いただいた方々をはじめ、全国各地の地図に関わるエンジニアの皆さんが、災害発生直後から夜を徹して作成し続けてくださったものです。大判の紙地図の印刷にあたっては有志の印刷会社さんのご協力もありました。また、Open Street Mapの作成技術を身に着けられている(稀有な存在!)大島観光協会の岡田雅司さんも、現地の情報を踏まえ数多くの情報を書き込んでいます。 現地ではA3版に印刷したものをチャック付のビニール袋に入れ、書き込みをしながら、崩落箇所や道路通行止め箇所の確認等に活用いただいているとのことです。 <<現地でのマップ活用例>> 私もネット上では拝見していましたが、あらためて現地に立ち、大判の地図を見ると、ネットとは違うわかりやすさがありました。大きな被害を受けた地域の範囲や地形との関係などが体感的によくわかります。一方で、島のすべてのエリアが大きな被害を受けてしまったわけではないこともよくわかります。実際、島内でも被害がほぼなかった、あるいは少なかった地区の皆さんが、被害の大きかった地区の家屋や店舗の復旧に一丸となって協力されています。こういったことが客観的、視覚的に把握できるというも地図の力だと感じました。 このマップは、大島を思う数多くのエンジニアの方々の心が結集した賜物であると感じました。これから復旧、復興のための活動が続けられていくことになると思いますが、ぜひ今後もこのマップが活用されていくことを切に願います。 【続く】
伊豆大島クライシスマッピング
●大島の町長さん 多くのひとに支持されて町長に。 『島の人から話しかけられたりあいさつされるととても嬉しいと感じる』と言っていた。 高校生のインタビュー1 町長さんになって『思い通りにいかないことが多い』と悩んでいた。子供の頃は、心臓が弱く大事に育てられた。だから、運動は控えて生徒会長になるなど、違うほうに積極的に関わるようになったそうだ。今は、心臓に毛がはえてるくらい元気と言っていた。お父さんは漁師一本!とてもかっこいいと思う(p゜∀゜q)これから、島に対して3つの取り組みをしていくと話していた。 1つ目は、《プラス1》観光客や子供などが減っているため。 2つ目は、《見える化》みんなに役場の中など今まで見えていないとこを見せよう。 3つ目は、《協働》漢字のとおりみんなで協力して働こう。 島の問題は沢山あるが頑張って解決していってほしいと思った。 私の望みは「よしや公園」にブランコを作ってもらうことだ。 高校生インタビュー2 大島の町長川島理史さんにインタビューさせてもらいました(´ω`) 町長さんは、町議や町長になる前に日の出学習塾をやっていたそうです! そして青年団、消防団、PTAなど地域のことをやっていて都議にも立候補したそうです☆ミ 町長さんに高校生についての考えを聞いてみたところ、この間やった防災訓練など高校生をもっと表に出していきたい。と言っていました! そして、大島高校には農林科があるので地域の農業と高校生で協力していって欲しいと言ってました(・∀・) それにもう少し高校生と地域がふれあいが出来るようにしたいと言っていたので楽しみです(笑) 取材を終えて ...
川島理史
2013/11/3(日)午前、大島町の社会福祉協議会でボランティアを募集しているとのことで、半日だけでしたが参加させてもらいました。8:30、町役場のすぐ近くにあるボランティアセンターに集合。たくさんの人々が集まっていました。この日は島内外からなんと計500名のボランティアの方が参加したそうです。 私が参加させてもらった仕事は、床下床上に泥が流れ込んでしまい、ブロック塀も動いてしまったお宅の泥だしと壊れた塀の撤去作業。覚悟はしていましたが久しぶりの力仕事でなかなかハードではありましたが、お宅の方やボランティアの方々との交流も含めて、とても有意義な時間でした。 同じ場所で作業したボランティアメンバーには若者達もたくさんいました。聞くと大島海洋国際高校の生徒さんとのこと。作業の内容は慣れないことばかりだったと思いますが、やはり若者の元気と体力はさすが。。一所懸命、明るく元気に泥や岩と格闘していました。オジサンも負けてはいられない!(笑)、とがんばりました。 床下にたまった泥をみんなでかきだしながら、「このまま掘り進んで1,000mも掘れば温泉が出るよね!」などと冗談を飛ばしあいながら、本当にみんな一所懸命に作業していました。 <<ボランティア作業の様子>> 大きな被害があったことは厳然たる事実ではありますが、ただ嘆き続けるのではなく、それを跳ね返し前に進もうとする現地の皆さん、それを一所懸命に支援する島内外の皆さん。私自身ボランティア活動というものは生まれて初めてでしたが、参加してみて本当によかったと思いました。 【続く】
元気あふれるボランティア
「島人だからさあ!」という言い方がある。 島人は高校生たちはシマジンと読む。大人たちはシマビトと読む。「いや、島人っていわないなあ、島のもんとかそういう言い方だよ」という人もいる。 例えば、東京の人は肌の色が白い。でも、大島の人間は日焼けして真っ黒だと自分たちを笑う女子高生達。そんなときも、「島人だからさあ、真っ黒なんだよね」という。ちょっと待ち合わせ時間に遅れてきたときも「島人だからしようがないよねえ」って言う。 東京の人っていろんなこと知ってる。でも自分たちがけっこうものを知らないってことがある。すると、「島人だからね、しらねえんだよ」で済ましてしまう。東京行ったときに「アレ何?これ何?」って指差して、「恥ずかしいから止めなさい!」って言われても「だって島人だからねえ」となる。島では普段電車に乗らないから、つい、電車で隣の人の漫画や雑誌とか覗き見しちゃったりしてしまってにらまれたときも、後で「島人丸出ししゃん」と笑い合う。 女子高生達によると、島人は「とにかくあったかい」、「めっちゃフレンドリー」、「元気」、「高校生はとにかくお店の人に食べ物貰ったり、みんなに優くされる」。「いきなり、オレンジくれたり、優しいおばちゃんやばーい」という。島人の話になるとなんとも盛り上がる。 レッツゴーおじさん:夜祭りでビールを必ずいっぱい持ってきて、「そーれ、レッツゴー、よいよいよいー!」って騒ぐ。 挨拶しないと怒るヘルメットおじさんもいる。 "島人" タグの付いたページ
島人
伊豆大島C級グルメ選手権(初回2011年の11月23日、第二回2012年11月23日)が定着しつつある。チャレンジ、カントリー、コミュニケーションの三つのCに、大島の海「シー(sea)級」というスペルが違う所までこじつけたイベント。B級よりも気負わないというメッセージ。 基本は島の人が島の味を知って、楽しんで、食のイベントが定着したら観光のイベントとして打ち出したい旨。青年団を卒業した元気のある中年?が頑張って活動していたものを、観光協会や東京都、大島町が応援する形でスタートした。第二回目をみると、島外の観光客もそれなりに足を運んでいた。 町役場の駐車場で開催されて、初回参加店は15店舗で、50食を出し、島民約千名の来場で楽しく盛り上がった。第一回優勝は元町の紀洋丸のべっこう寿司。第二回は、200食迄出食。紀洋丸が「雑魚丼」で連覇。徹夜して200食以上の丼を用意したという。 「大島の郷土料理簡単ガイド」に飲食店の位置が「島ごはん・島おやつマップ」に掲載され、大島の食材を使った料理がレシピ付きで載っているのが面白い。魚介の多くに「潜って採る」の表記も楽しい。 写真は紀洋丸のべっこう丼。透き通る白身の魚が独特の醤油と島唐辛子のつけ汁で仕上げあれている。漁のない日でも、魚を旨く保って食べてきた大島の食文化の一つと言われている。 この日、スーパーあんこ娘が会場で踊りました。
C級グルメ